【みなと闘病日記】入院しての大きな心境の変化#4

みなさん、おはようございます!
みなとです

今回はぼくの過去に触れながら
心境の変化について話していきます

赤い十字架の病院へのトラウマ

どことは言いませんが
赤い十字架の病院の出身です
看護学校もそこで
そのまま入職した感じですね

で、新卒の頃
タイミング悪くちと失敗をして
「この子はできない」
ってレッテルを貼られて
病棟がかりで猛烈指導をされました

同期がミスしても振り返り10分
ぼくがミスすると60分越えする勢い
当時はそれがあまりにしんどくて
精神が追い込まれて
・うつ病
・適応障害
の2つを発症する事となりました
仕事中に過呼吸起こして
職員トイレに駆け込んだりとかしましたね
懐かしいです

で、なんとか続けようと頑張ったんですが
仕事にいけなくなって
1年ぐらいで退職します
この段階でぼくは
赤い十字架の病院に対して
完全にトラウマを抱えることになりました

それこそ近くを通るだけで
息苦しさを感じるレベルでです

お世話になったその1

3年ほど前に自殺未遂をやらかしたんですが
その時に救急搬送されたのが
赤い十字架病院でした

まぁこの時は
もう僕自身何も記憶なかったんで
ほんとに何がなにやらですけどね

救急隊がなんか言ってたのを
ちらっと聞いた記憶はありますが
その後はもう車椅子に乗って病院を出てました

お世話になった感は特にないですが
迷惑かけたなぁって思いましたね

この1件があったおかげで
「とにかく全力で生きる」
「色んなことに感謝する」
って意識が芽生えたので
転機ではありました

そして今回の入院

「赤い十字架病院に緊急入院してもらいます」
って言われた時は正直嫌でした
嫌すぎて、どうにかなりません?って
先生に聞くほどには嫌でした

で、実際に入院してみて
同期や後輩、お世話になった先輩にも会いました
色々働いてる職員さんも沢山見ました

思ったんです
「みんな一生懸命してるだけやん」って

当時の恐怖やしんどさは忘れません
多分一生忘れません
でも、ぼくにたくさんの時間を割いてくれて
一生懸命接してくれたんだな
ただ、噛み合わなかっただけなんだな
そう思えるようになりました

見てるわけもないですが
当時、ご迷惑とご心配、ご指導して頂いた皆様
ぼくの為にたくさんの時間を割いてくれて
ありがとうございます
あの時はお応えできなくてすみません

ただ噛み合わなかっただけで
悪意も敵意も何にもなく
先輩方も本当に一生懸命だったんだなと
今更ながら思いました
本当にありがとうございます

少しだけ大人になれた気がします